日が沈んでもいない内から、カーテンを全て閉めきった後で自室へ招いていた恋人と久し振りに口づけを交わす。外は未だ入道雲の白さが眩しく、波も穏やかだったにもかかわらずいつもの海に向かわなかったのは、ひとえに僕がこの人へ触れたくてたまらなくなってしまったからだった。

「んっ、……一紀くん、」

 息継ぎの合間に、名前を呼んでくれた彼女の唇をまた塞ぎながら二人してベッドの上へと倒れこむ。後頭部に手を添えると、彼女の腕も僕の背中へと回されたことで胸がいっぱいになり、嫌がられてはいなかったのをいいことに更に啄む回数を増やした。
 ――彼女を好きになることで、まさか自分がこんなに変わるなんて入学したばかりの頃は思いもしていなかった。
 でも、今こうしてお互いを見つめあっていられるのならば、たとえ夏服のシャツの皺が増えたとしても構わないとさえ思えてくるのだから不思議だ。
 本当は今日も期末テストの期間中だったので、後々の効率を考えれば勉強に集中するべきであり。週末にでもゆっくり話せたらいい、と頭では理解していたのだけれど。
 僕の誕生日を迎える前に、ほんの少しでも会えないかと誘われたら、会いに行きたいのを我慢していた気持ちがいとも容易く吹き飛んでいって。
 そうして猛暑を言い訳にしつつ、彼女と手を繋いだ僕はそのまま一緒に家に着いてきてもらった。家族も帰ってきていない現在、この部屋で唇を重ねていることは僕ら二人だけしか知り得ない現実で、エアコンの冷たい風に当たってもなおこの身が熱く火照ってゆく。

「なんだか、碧の海で溺れているみたい」
「海?」
「うん。一紀くんの瞳の色。そこにずっと、私が映っているから」

 口づけを交わすにあたり、いつも身に着けている眼鏡は事前に外しておいたことで彼女の指先が僕の目元をなぞる。自分では、そんな風に考えたこともなかったな。

「……溺れるのは、怖い?」

 卑怯な聞き方だと分かっても尋ねずにはいられなくて、彼女の瞳をじっと見つめる。普段と比べてあまり喋りもせず連れてきた自覚があった分、怖いと答えられたなら一旦は身を引こうとすら考えた。
 僕はこの人のことが好きで、大好きで、どうしようもなくて。
 何度だって唇を食んで溶けあってしまいたいくらいには、膨らんだ恋情を今も抱えているけれど、それによって彼女を怖がらせてはダメだとも思っている。
 君を大事にしたいのに。いっそ、自分の手でめちゃくちゃにもしてしまいたい。
 そんな相反する欲望を持っていることも知られたら、彼女にも幻滅されるだろうか。

「確かに、普通の海で溺れるのは怖いけど……一紀くんは、優しいから」

 ――優しい一紀くんの海になら。私、このまま攫われてもいいよ。

 そう言って、ぎゅっ、と僕を抱きしめた彼女が満面の笑みを浮かべて。一年の差がひどくもどかしかった僕の心ごと、今日も柔く包みこまれて一瞬泣きそうになる。
 とはいえ、ここで泣き顔を見せても慰められるのが目に見えていたし、その代わり僕も強く彼女を抱きしめかえすだけに留めたが。

「ふふっ。今日は、一紀くんとたくさんくっつけて嬉しいなあ」
「しょうがないだろ。こっちは頑張って我慢していたのに、君が声をかけてくれたから」
「そっか。ねえ、一紀くん……もうちょっと、くっつきながらキスもしていい?」

 返事をする前に、彼女の唇が僕の頬を軽く掠めて思わず溜め息をつく。相変わらず、無邪気に笑ってこっちを見ているその余裕も、一体どこまで保つのやら。

「……ちょっとだけ、でいいの」
「ん?」
「僕は、たったの数回じゃ足りない。君の頭の中も、しばらく僕のことでいっぱいになるくらい、二人だけの熱を分かちあいたい」
「あ、」
「先輩。愛してる。怖くないなら、もっと僕だけに溺れてよ、」

 額と額をくっつけると、単純に距離が近くなった驚きからか目を閉じた彼女の唇を容赦なく奪う。甘くて、柔らかくて、ひたすらに心地よいこの熱は僕ら二人きりのもの。
 去年のように、学校では会えなくなったことで募った寂しさを埋めるためにも口づけを繰り返す。やがて、顔を赤らめた彼女の想いを聞けた僕は幸せに満たされていた。

 ――私も、大好きな一紀くんにずっと会いたかったよ。