最近、僕の好きな人はますます綺麗になってきた、ように思う。
 それは別に僕の贔屓目とかではなくて、実際に彼女が現れると、学年問わずいつの間にか彼女のことを目で追っているような人たちが増えてきたことからも明らかで。
 しかも、つい数日前には次のローズクイーン候補として彼女の名前が耳に入ってきたことまで思い出されて、なんとなく憂鬱な気持ちから随分深い溜め息が出てしまっていた。

「一紀くん、なんだか疲れてる?」

 てっきり、日頃の疲れから溜め息が出たものと勘違いしているらしい先輩が心配そうな眼差しで僕を見つめる。
 学校やアルバイトが終わった後などに、時折こうして彼女と二人で海に寄って話をするということも、今じゃすっかり僕の日常の一つとなってしまった。本当に、不思議なものだ。アルバイトを始めたばかりの頃は、……正直、僕と彼女の出会い方が最悪だったということもあって、こんなにも先輩と過ごす機会が増えるなんて思ってもみなかったのに。

(あと、どれだけの時間。僕は君と一緒にいられるのかな……)

 夕暮れの陽射しに照らされている彼女は、よりいっそう、きらきらと眩しく輝いて更に僕の視線を釘付けにする。
 もっとも、本人は今そんなことかけらも想像していないんだろうけれど――周囲の視線を集めるほどの華やかさを持つようになった君が、今、この時は僕だけを見つめているって思うと。どうしても、胸の高鳴りを抑えられない。

「大丈夫。そこまで疲れたわけじゃないよ」
「そう?誘われておいてなんだけど……たまには一紀くんも、一人で息抜きしたい時があるのかなあって考えたら、私がここにいて迷惑じゃなかったかな、って思っちゃって」
「……、あのね。迷惑だったら、そもそもここに先輩を誘ってすらいないから。そのくらい、君にももう分かるでしょう?」

 僕を気遣ってくれた彼女の優しさは、もちろん僕自身にもよく伝わっている。だけど、君がここにいて迷惑という発想に関してだけは、申し訳ないがナンセンスだと言わざるをえない。
 うっかりまた出そうになった溜め息を頑張って飲み込んだものの、呆れ混じりに答えればそれもそうだね、と呟いた先輩がまた無邪気に笑って。その笑顔がまた、あまりにも嬉しそうなものだったから。真夏でもないのに、自分の顔がどんどん火照っていくのが嫌でも分かってしまった。

「あれ?一紀くん、なんだか顔が赤いけど……本当に、大丈夫?」
「だ、大丈夫!何でもないから。気にしないで」
「うーん……、分かった。でも、無理だけはしないでね?」

 愛しい彼女と、ふたりきり。
 穏やかな波音に包まれて、先輩が笑顔で僕を見つめ、そして傍にいるこの何よりもかけがえのない日常が、ずっとずっと続けばいいのに――なんて不毛なことを思い、不意に泣きたくなるのをどうにか堪える。
 出会いから散々、情けないところも見せてきて本当に今更なのかもしれなかったが、ここで泣いたら余計に先輩を心配させてしまうことも分かりきっていたから。
 今はまだ、彼女の前で涙を見せるわけにはいかなかった。